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胸膜中皮腫

はじめに

 先日行われた院内病理解剖検討会で、私が受け持った症例(60歳代男性)が、取り上げられました。若い頃アスベスト業務に就いていたので、「労災の死後認定を、家族のために得たい」との本人の遺志による解剖でした。

 私は中皮腫を含むアスベスト関連疾患の講演の冒頭に、必ず米国空母「ミッドウェイ」の話をします。1986年に横須賀で改修工事が為されました。1945年就航ですから、当時41歳、そろそろ退役ですが、それでも軍事機密の塊である空母の改修が、同盟国とは言え、なぜわが国で為されたのでしょうか?

 アスベストの発がん性は、1950年代には肺がんで、1960年代には中皮種で明白になっており、1978年には米国政府は自国民に向けて「アスベストの危険性に関する」警告を発しました。つまり、米国内ではアスベストの塊である古い軍艦の改修作業は出来なくなっていたのです。

 それ故、勤勉で人の良い(これは美徳だと思います)、しかし「モノを知らない」、故に文句が出ない日本人にお鉢が廻って来たのです。その時の作業員からどの程度の健康被害者が出たかは判りませんが、「モノを知らない」とはそういうことだと思います。

 冒頭の患者さんが、アスベスト作業に従事したのは1970年代後半で「当時はアスベストの危険性なんか知りもしなかった」と言っておりました。しかし、彼を含む多くの日本人も学習し、2005年の「クボタ騒動」を経て、石綿新法が制定されたのです。

 解剖の結果、労災認定に十分なアスベスト小体(繊維)が検出されました。「勤勉で人の良い、そして学習していた」彼の遺志が生かされることを願っております。

 中皮腫は医学的のみならず、社会学的にも重要な疾患であり、皆さんの関心も高いと考えます。今月から月1回、合計8回に亘り、①はじめに、②中皮腫とは、③アスベストとは、④診断、⑤アスベスト吸入の証左、⑥中皮腫の治療、⑦労働災害としての補償、⑧非労働災害としての救済、訴訟の和解としての賠償 の予定で、主として胸膜中皮腫について記載してまいります。

中皮腫とは

 中皮(細胞)が腫瘍化したのが中皮腫です。では、中皮mesotheliumとは何でしょうか?

 人の体は37.2兆個の細胞から成ると報告[1]されていますが、最初は1個の受精卵です。受精卵が細胞分裂を繰り返し、外胚葉・内胚葉・中胚葉という三つの細胞グループが形成されます。

 外胚葉は脳神経組織および体の外表面で外界と接している表皮(皮膚の表層)組織に、内胚葉は呼吸器・消化器・下部泌尿器(膀胱、尿道)などの体の内表面で外界と接している上皮(管腔臓器の表層)組織に、中胚葉は筋肉・骨・脂肪組織・血管などの体(構造)を支える組織と、腎臓・尿管・膀胱の一部・生殖腺に、分化(細胞の形態や機能が変化し、各種役割が担われる現象)していきます。

 「中皮」は中胚葉由来です。基本一層の中皮細胞のシート状配列が袋閉じし、ビーチボールのような袋構造になった組織です。その袋はつぶれており、内部には空気ではなく少量の液体が存在しています。

 臓器には心臓(心拍動)や肺臓(呼吸)のように絶えず動いている臓器があります。消化管も絶えず蠕動運動をしています。そのような「動く臓器」は周囲構造との軋轢(摩擦)を絶えず受けることになりますが、中皮で覆われることにより、中皮および内部の液体がクッションとなり、「周囲構造との軋轢が緩和されている」と、合目的的には考えられます。

 中皮のうち肺臓を包むのが「胸膜」(左右二箇所あります)で、袋状の胸膜の内部が「胸腔」です。心臓を包むのが「心外膜」で、その内部が「心(外)膜腔」です。消化管を包むのが「腹膜」で、その内部が「腹腔」です。なお、通常は動きませんが睾丸も中皮に包まれます。(図1参照)

 中皮による臓器の包まれ方を表したのが図2です。バスケットボールが各臓器(心臓、肺臓、消化管)、空気を抜いたビーチボールが各中皮(心外膜、胸膜、腹膜)を表します。各臓器に接する側の中皮を「臓側膜」、反対側の中皮を「壁側膜」と呼び、胸壁・腹壁などの周囲構造を裏打ちします。そして中皮腫は必ず「壁側膜」から発生します。

 次回は「胸膜中皮腫」を例に、胸膜中皮腫瘍化の最大の原因である「アスベスト」について説明します。

参考文献
[1]Bianconi E, at al.(2013) An estimation of the number of cells in the human body. Ann Hum Biol. 40(6):463−471.

アスベストとは

 アスベストは鉱物由来の繊維です。鉱物でありながら糸や布に織ることが可能(紡織性)、燃えない(耐熱性)、酸やアルカリにも強く(耐薬品性)、電気を通さない(絶縁性)、湿気に強い(耐腐食性)、安価(経済性)等、万能性を有し「奇跡の鉱物」と呼ばれ、各種産業に欠かせない素材でしたが、ただひとつ致命的な欠陥がありました。一旦肺の奥まで人知れず吸入されると、排出されることなく肺や胸膜に留まり、10年以上の時間をかけ生命を蝕むこともある「静かなる時限爆弾」だったのです。

 アスベストは単一の鉱物ではなく、6種類が知られていますが、主として使用されていたのはクリソタイル(白石綿)、アモサイト(茶石綿)、クロシドライト(青石綿)の3種です(図1参照)。

 その中でクリソタイルが、最も多く長く使用されていましたが、2006年9月1日に、法令上原則新規使用禁止(例外あり)になり、2012年3月1日に完全新規使用禁止(例外なし)を規定した厚生労働省令が施行されました。しかし、これらはあくまでも新規使用の禁止であり、既存の建築物等に含まれるアスベストは、広く社会に残っていることを銘記しておいてください。

 アスベスト関連疾患として認められている(石綿健康被害救済制度の対象となる)のは「中皮腫」「石綿による肺がん」「石綿肺」「びまん性胸膜肥厚」の4疾患です。「胸膜プラーク(限局性胸膜肥厚)」も石綿吸入が原因となる所見ですが、疾患ではありません(図2参照)。

 「肺がん」と「石綿肺」は肺の疾患ですが、「中皮腫」と「びまん性胸膜肥厚」は胸膜の疾患です。また、「びまん性胸膜肥厚」は臓側胸膜(「②中皮腫とは」参照)から壁側胸膜に及びますが、「中皮腫」「胸膜プラーク」が生じるのは壁側胸膜です。

 アスベスト繊維は臓側胸膜から胸膜腔に出て、壁側胸膜に突き刺さる(Kiviluoto説)のではなく、壁側胸膜のところどころに開いている小孔(リンパ性ストーマ)から侵入しそこに留まる(Hillerdal説)と考えられています(図3参照)。

 各アスベスト関連疾患には、「アスベスト曝露量」と「疾患出現までの時間(潜伏期間)」の関係に特徴があります(図4参照)。「中皮腫」「胸膜プラーク」は比較的少量のアスベスト曝露でも発生しますが、「石綿による肺がん」「石綿肺」の発生には比較的多量のアスベスト曝露が必要です。また、「中皮腫」「石綿による肺がん」などの悪性疾患の出現には、30~40年の時間が必要となります。

 最後に、日本の「アスベスト輸入量」と「中皮腫死亡者数」の変遷のグラフを示します(図5参照)。日本の高度経済成長期に増大したアスベスト需要のピークから40年遅れで、中皮腫死亡者数のピークが来るとすれば、それは2030年台になることが予想されます。それこそが、アスベストが「静かなる時限爆弾」と呼ばれる由縁なのです。次回は「中皮腫の診断」について記載します。

参考文献:職業性石綿ばく露と石綿関連疾患-基礎知識と労災補償- 森永 謙二 編(三信図書)

中皮腫の診断

 初診時、多くの診療科では患者の訴えを聞くこと(問診)から診察を始めますが、当院の呼吸器科外来では、まず胸部X線画像を撮影、または画像データを持参してもらい、その画像を確認してから問診を行います。これは結核等の感染性疾患を速やかに見つけ隔離するための方策なのですが、呼吸器疾患の診断には胸部X線画像が必要不可欠である事をも意味します。

 中皮腫は肺を覆う胸膜細胞(中皮)が腫瘍化した疾患です。よって胸部画像上、中皮腫を示す陰影は肺の表面外側に出現します。

 図1は、中皮腫症例1の胸部正面像(図1左)と胸部CT像(図1右)です。胸部正面像向かって左が右肺、向かって右が左肺です。右肺はほぼ正常ですが、左肺は全体が白っぽくなっています。CT像で見ると肺は黒く、肺の外側がモコモコと厚く白くなっています。この厚く白くなっている部分が中皮腫です。鎧の様に肺を覆っているのが判ります。

 図2は、同一症例のPET/CT(正面、側面、断面)像です。PET/CTは、細胞分裂が盛んな癌細胞や強い炎症(細胞の活発な活動)が起こっている場所に取り込まれる薬剤を注射し、その体内分布を外から見る検査です。中皮腫にはこの薬剤を高濃度に取り込む特徴があります。

 図3は、中皮腫症例2の胸部正面像(図3左)と胸部CT像(図3右)です。胸部正面像はほぼ正常に見えますが、右下部の横隔膜と肋骨が成す角度(矢印)が、鈍角になっています(左は鋭角)。これは右胸腔に液体が溜まっている所見です。CT像で見ると右肺前方の横隔膜との境界に結節が、背側には胸水貯留が認められます。この結節が怪しいです。

 図4は、内視鏡を胸腔に挿入する検査(胸腔鏡)の画像です。左の画像にある結節の一部を道具で千切って採取し、病理検査に提出したところ「中皮腫」の診断を得ました。右の画像にある白色の敷石状病巣も中皮腫です。

 口と鼻は外界に開放されており、種々雑多なモノが外から入ってきます。食道に入ったモノは栄養として吸収された以外は、消化管を通過し便とともに出てきますが、気管に入ったモノは、肺の奥に入るとなかなか出てきません。前にも述べましたが、中皮腫の原因はほぼアスベストです。よって、中皮腫を含むアスベスト関連疾患を疑う場合は、アスベスト吸入歴の問診が必須となります。

アスベスト吸入の証左

 アスベスト吸入の証明は、アスベスト関連疾患(中皮腫、アスベストによる肺がん、アスベスト肺、びまん性胸膜肥厚)の診断には必須です。これは後々、労働災害(以下労災)の認定により100万円単位、時には1000万円単位の金銭に関わる場合も出てきます。
 労災の認定には、職業歴の聴取が重要です。表1は、アスベスト曝露機会の多い職業の分類です。アスベストの使用禁止により、現在ではアスベストを直接扱う職業はなくなりましたが、中皮腫患者の職業歴を聴取すると、建築業に従事していた方が多いです。また、比較的稀ですが、学校の体育館を仕事場としていた体育教師の中皮腫症例で、労災と認定された報告もあります。

 医学的検査としては、胸膜プラークの存在はアスベスト吸入の強力な証拠になります。胸膜プラークとは、吸入蓄積されたアスベストの刺激により形成された壁側胸膜の肥厚のことです。胸膜の部分的肥厚が斑(まだら)に見えるため、限局性胸膜肥厚斑とも呼ばれます。
 一般の方にはわかりにくいですが、胸部正面写真(図1)では、「→ ←」で挟まれた肺の表面が限局的に肥厚し、白っぽく見えています。断面写真である胸部CT(図2)を撮影すれば、一般の方にも一目瞭然で、「→ ←」で挟まれた肺の表面が限局的に肥厚し、白っぽく見えています。


 図3は胸腔に挿入した内視鏡(胸腔鏡)の所見です。上方が肋骨と肋間筋からなる胸壁(表面は壁側胸膜が覆う)で、左下に横隔膜(これまた表面は壁側胸膜が覆う)があり、横隔膜を覆う壁側胸膜の一部が肥厚し白っぽくなっています。この白っぽい部分が胸膜プラークです。

 断っておきますが、胸膜プラークは病気ではありません。しかし、胸膜プラークがあるということは、アスベストの吸入歴があり、今は無くても今後、肺がんや中皮腫が出てくる可能性が一般的な人より高いということです。プラークのある方は、それだけで、肺がんや中皮腫になりやすいのですから、リスク因子となる喫煙は止めた方がお得です。
 
 より直截的なアスベスト吸入の証左として、肺からの試料の中にアスベストを見つける方法もあります。図4の中央に見える棍棒様の構造体は、気管支に挿入した内視鏡(気管支鏡)から、生理食塩水を気管支肺に流し込み、気管支肺を洗浄して、その洗浄液を回収し、含まれる細胞や成分を調べる気管支肺胞洗浄(BAL)という手法で得た、アスベスト小体です。
 アスベスト小体とは比較的長いアスベスト繊維に生体由来の鉄成分が付着した構造体のことです。アスベストを大量に吸入していた患者では、痰から検出される場合もあります。

中皮腫の治療

 胸膜中皮種の治療の前に、「がん治療」のおさらいをしておきます。「手術療法」「放射線療法」「薬物療法(含む免疫療法)」が昔も今も「がんの三大療法」です。

 「手術療法」は、明らかに「悪い部分」とその周辺の「悪いかもしれない部分(悪くない部分も含む)」を外科的に切除する治療法です。しかし、あっちもこっちも切除するわけにはいきません。ですから「がん細胞の飛び火(転移)」のある場合は適応がなくなります(例外あり)。また、生命に関わる臓器の場合(例えば肺)、残された(肺)機能で生命が維持できなくなるような場合も適応がなくなります。

 「放射線療法」は、体外(時には体内)から放射線を浴びせ、放射線の電離作用により細胞の構造(特に遺伝子)に障害を与え、がん細胞の増殖能を落とす治療法です。基本的には手術と同じ局所療法です。近年では「悪い部分にだけ放射線が届くよう」に照射方法が進歩し、局所的な大量照射が可能になってきており、治療成績も向上していますが、それでも周辺の正常細胞への影響は残ります。

 「薬物療法」の薬物は、体内に入り血流に乗り、全身の細胞にいきわたります。「がん細胞はやっつけた」でも「正常な細胞もやっつけてしまった」では困ります。ですから正常な細胞とがん細胞の差を標的にした薬物が「抗がん剤」となりえます。

 「旧来の抗がん剤」は「細胞分裂に必要な遺伝子の合成を阻害」する薬物が主流でした。正常な細胞にも比較的盛んに分裂する細胞があります。毛根細胞、消化管上皮細胞、骨髄細胞(白血球や血小板や赤血球などの血球細胞へ分化していく)などがそれです。ですから旧来の抗がん剤を使用すると、毛根細胞障害による脱毛、消化管上皮細胞障害による悪心嘔吐や下痢便秘、血球細胞減少による感染症(白血球は体の防衛軍)や出血(血小板は血管の修理屋)や貧血などの広範な副反応が起こり得たのです。

 細胞分裂が制御されなくなる(がん化)原因にはいくつかありますが、ある種のがん細胞は遺伝子の変異等により、細胞分裂のスイッチがオン側に入りっぱなしになり、増殖を促す信号が持続することにより生じます。この増殖を促す信号を分子レベルで抑制し、抗腫瘍効果を発揮するのが、「分子標的薬」と呼ばれる、新規の抗がん剤の一群です。基本的には遺伝子変異等を有する細胞にのみ作用し効果発現するので、旧来の抗がん剤に認められていた副反応は目立ちませんが、「間質性肺炎」「皮膚障害」などの特異的な副反応がしばしば認められ、時に致命的なこともあります。

 近年では「免疫チェックポイント阻害薬」も臨床で使われるようになりました。これはがん細胞に対する生体側の免疫を、がん細胞自身が無効化する機序(免疫チェックポイントト)に着目し、その機序を阻害することを目的に開発された薬物です。

 がんの治療法は、「がんの種類」「進行度(ステージ)」「全身状態」に基づいて選択されるのが一般的です。「全身状態」は以下の「PS:Performance Status」という指標を用います。

まったく問題なく活動できる。発症前と同じ日常生活が制限なく行える。
肉体的に激しい活動は制限されるが、歩行可能で、軽作業や座っての作業は行うことができる。例:軽い家事、事務作業
歩行可能で、自分の身のまわりのことはすべて可能だが、作業はできない。日中の50%以上はベッド外で過ごす。
限られた自分の身のまわりのことしかできない。日中の50%以上をベッドか椅子で過ごす。
まったく動けない。自分の身のまわりのことはまったくできない。完全にベッドか椅子で過ごす。

 さて、本題の胸膜中皮種の治療ですが、胸膜中皮腫は肺を包む胸膜腔内全体に広がることが多く、もし「手術療法」で根治を目指すならば、片肺と胸膜(臓側+壁側)腔をまとめて摘出する「胸膜肺全摘除術」という方法が必要になります。しかし、この術式は侵襲(体への負担)も大きく(術後死亡率5%以上)、その手術適応は体力的に余裕のある患者に限られているのが現実です。胸膜(臓側+壁側)腔のみを摘出する「肺剥皮術」もありますが、どちらの術式を選択するかは「外科医および病院の習熟度や経験による」とされています。

 「放射線療法」は、「胸膜肺全摘除術」後の再発予防目的や、一般的症例の除痛目的で行われることがあります。

 「薬物療法」ですが、「旧来の抗がん剤」に属する「シスプラチンもしくはカルボプラチン」+「ペメトレキセト」併用投与に、無治療に比し数か月の延命効果があると考えられており、PS0~2の症例での使用は推奨されますが、副反応もありPS3~4には推奨されていません。
 「分子標的薬」に効果が認められた薬剤は、いまのところありません。
 「免疫チェックポイント阻害薬併用(ICI)」と「上記の抗がん剤併用」の比較試験において、前者の優位性が認められ、今年の5月に二種類ICI「ニボルマブ」「イピリムマブ」の胸膜中皮腫への保険適応が認可されました。治療効果の改善が期待されますが、残念ながらそれでも完治は困難です。

参考文献 肺癌診療ガイドライン 悪性硬膜中皮腫・胸腺腫瘍含む 2020年版 日本肺癌学会 編

労働災害としての補償

 健康を維持するには栄養、運動、休養の三つを過不足なく賄う金銭があれば十分ですが、一度損なった健康を取り戻すのは容易なことではありません。ましてや「胸膜中皮腫」となると、いかなる大金をつぎ込んでも健康の回復は不可能に近く、多くは生命に関わってきます。だとしても療養のため、生活のため、遺族の生計のためにも、金銭はあるに越したことはないでしょう。

 「アスベスト関連疾患」に罹患してしまったら、対象に応じた以下の三種類の金銭給付がありえます。

(1)「労働災害(以下 労災)としての補償金」

対象はアスベストばく露作業従事歴を有する労働者
都道府県労働局 労働基準監督署 資料

(2)「非労災としての救済金」

対象は(1)の対象にならない方々
独立行政法人環境再生保全機構 資料

(3)「訴訟の和解としての賠償金」

対象はアスベスト工場の元労働者やその遺族の方々で、国に対して訴訟を提起し、一定の要件を満たすことが確認された方々。(1)(2)との重複も可能
厚生労働省HP

 「労災としての補償金」給付の対象になりえる「アスベスト関連疾患」として、「石綿肺」「石綿による肺がん」「中皮腫」「びまん性胸膜肥厚」「良性石綿胸水」の五疾患が指定されています。
 このうち「良性石綿胸水」は明瞭な診断基準がないので確定診断が難しく、認定のハードルが高いのが現実で、本省(厚生労働省)での協議が必要になります。また、「非労災としての救済金」給付と「訴訟の和解としての賠償金」給付の対象疾患に「良性石綿胸水」は含まれていません(表1参照)。
 
表1 給付金の種類と対象疾患

根拠となる法律および通達や判決 石綿肺 石綿による肺がん 中皮腫 びまん性胸膜肥厚 良性石綿胸水 相談先
労働災害としての補償金 ・労働者災害補償保険法(S22/4/7)
・石綿による疾病の認定基準について(H15/9/19通達)

本省協議 労働基準監督署
非労働災害としての救済金 石綿による健康被害の救済に関する法律(H18/3/27)

×

環境再生保全機構
訴訟の和解としての賠償金 大阪泉南アスベスト訴訟最高裁判決(H26/10/9)

×

弁護士

 「アスベスト関連疾患」が労災認定されるには、「アスベストばく露作業従事歴があること」「相当量のアスベスト吸入の証左があること(シリーズ⑤「アスベスト吸入の証左」で記載済み)」の二つの条件が必要になります。以下疾患ごとに記載します。

1)石綿肺:職業性のアスベスト吸入が原因(以下のすべてを満たす)

  • アスベストばく露作業従事歴がある(期間の規定なし)
  • 公的に「じん肺(職業性の粉塵吸入による肺疾患)」として認められ、管理区分が決定されている
  • 「じん肺管理区分 管理4(最重症区分)に該当する著しい肺機能障害がある」または「胸部エックス線写真にじん肺所見があり以下のいずれかの合併症がある(肺結核、結核性胸膜炎、続発性気管支炎、続発性気管支拡張症、続発性気胸)」

2)石綿による肺がん:肺がんそのものはアスベスト吸入が原因とは限らない(以下のいずれかを満たす)

  • 石綿肺が合併している
  • 「アスベストばく露作業従事10年以上」かつ「胸膜プラークがある」
  • 「アスベストばく露作業従事1年以上」かつ「広範囲(胸壁内側の1/4以上)胸膜プラークがある」
  • 「アスベストばく露作業従事1年以上」かつ「アスベスト繊維やアスベスト小体が規定以上ある」
  • リーフレット参照

3)中皮腫:アスベスト吸入が主たる原因だが、吸入が職業性とは限らない(以下のいずれかを満たす)

  • 石綿肺が合併している
  • アスベストばく露作業従事1年以上

4)びまん性胸膜肥厚(以下のすべてを満たす)

  • アスベストばく露作業従事3年以上
  • 著しい呼吸機能障害
  • 肥厚の広がりが片側ならば胸壁の1/2、両側ならば1/4以上

5)良性石綿胸水

  • 本省(厚生労働省)での協議

 
 一つお断りしておきたいことがあります。「非労災としての救済金」という表現は公的には使用されていません。参照とした環境再生保全機構のパンフレット「アスベストと健康被害」のP22「石綿健康被害救済制度の紹介」には以下の記載があります(下線部は筆者による)。

『石綿健康被害救済制度は、石綿による健康被害の特殊性から、石綿による健康被害を受けられた方及びそのご遺族の方で、労災補償等の対象とならない方に対し迅速な救済を図ることを目的として「石綿による健康被害の救済に関する法律」に基づき創設されました。この特殊性とは、中皮腫や肺がんといった石綿による健康被害が長い潜伏期間を経て発症することから、原因者の特定が非常に難しいことを指しています。
(中略)
 救済給付の費用負担は、石綿による健康被害とその原因者との因果関係が特定できないこと、すべての国民や事業者が石綿による恩恵を受けてきたことから、国からの交付金、地方公共団体からの拠出金、労働保険料を納付している事業主からの拠出金、石綿との関係が深い事業主からの拠出金により石綿健康被害救済基金を設け、給付に必要な費用を賄うこととなりました。』

 当初は「労災」でないならば、それは「公害」であろうと考えておりましたが、上記の趣旨に従えば「公害」という言葉は使わぬ方がよいと考え「非労災」という言葉を使用しました。

非労働災害としての救済、訴訟の和解としての賠償

 前回は「労災としての補償金」を中心に、その認定基準を説明しましたが、具体的な補償額は説明しませんでした。これは労災補償給付には

  1. 療養補償給付:療養の給付または療養の費用の支給
  2. 休業補償給付:休業4日目から休業1日につき給付基礎日額の60%支給(療養開始後1年半以内)
  3. 傷病補償年金:年金支給(療養開始後1年半経過しても非治癒の場合に障害の程度に応じて支給)
  4. 障害補償給付:年金または一時金支給(治癒後に障害が残った場合に障害の程度に応じて支給)
  5. 介護補償給付:介護費用支給
  6. 遺族補償給付及び葬祭料(葬祭給付):遺族に年金または一時金及び葬祭料の支給

があり、「療養内容」「傷病発生前の平均的賃金(給付基礎日額)」「休業期間」「障害の程度」「生存期間」「扶養していた遺族の数」等によりケースバイケースなので、一概には決まらないためです。予後の短い中皮腫や石綿による肺がんでも、総額1000万円前後になりえます。(詳細は下記サイトを参照)
労災保険に関するQ&A

 次は「非労災としての救済金」です。
 前回も述べたように、『「労災」でないならば、それは「公害」であろう』と当初は考えておりましたが、石綿による健康被害とその原因者との因果関係が特定できない(労災と異なり、どこで石綿を吸入したのか判らない)こと、すべての国民や事業者が石綿による恩恵を受けてきたことから、「公害」という言葉は使わぬ方がよいと考え「非労災」という言葉を使用しました。

 しかし、労災補償の対象とならずとも、石綿による健康被害を受けられた方やその遺族は現実に存在しており、それらの方々の迅速な救済を図ることを目的として、平成18年に「石綿による健康被害の救済に関する法律」が制定され、国からの交付金、地方公共団体からの拠出金、労働保険料を納付している事業主からの拠出金、石綿との関係が深い事業主からの拠出金等により「石綿健康被害救済基金」が創設され、この救済金の給付に必要な費用を賄うこととなりました。

 この救済金の主旨は、民事上の責任とは切り離して、社会全体の費用負担により、健康被害者等の救済を図るものであり、勢いその給付は「見舞金的性格」に留まらざるを得ません。具体的な救済給付の内容は以下のとおりです。労災補償給付金とは桁が違います。

  1. 医療費:指定疾病に関する医療費の自己負担分
  2. 療養手当:103,870円/月 治療に伴う医療費以外の費用負担に対する給付
  3. 葬祭料:199,000円 指定疾病が原因で亡くなった認定患者の葬祭費用負担に対する給付
  4. 救済給付調整金:被認定者が指定疾病で亡くなるまでに給付を受けた医療費と療養手当の合計が、特別遺族弔慰金の額に満たない場合に、被認定者の遺族に支給される給付
  5. 特別遺族弔慰金:2,800,000円 指定疾病が原因で亡くなった方の遺族に対する給付
  6. 特別葬祭料:199,000円 指定疾病が原因で亡くなった方の葬祭に伴う費用負担に対する給付

 最後は「訴訟の和解としての賠償金」です。
 平成17年の「クボタ騒動(ショック)」以後、アスベストの有害性が広く知られるようになり、いくつかの損害賠償請求訴訟が提訴されましたが、現在の和解制度の基礎となったのが「泉南アスベスト国家賠償請求訴訟」の最高裁判決(平成26年10月9日)です。
 これはアスベストによる健康被害に関する国の責任を認めた最高裁判決ですが、アスベストの製造および使用の規制が遅れた国の責任を認めた判決ではありません。

 アスベストの危険性が認識されていたにもかかわらず、労働者の健康被害が起こらぬように、労働基準法および労働安全衛生法に基づく規制権限を行使しなかった(不作為があった)、具体的には「工場内の局所排気装置の設置義務付け」「工場内での防塵マスクの着用義務付け」等を「制度化しなかった」ことを違法と認め、国家の違法による健康被害なのだから国家賠償法に基づいて、国家の賠償責任を認めた判決なのです。(この判決は「工場労働者」が対象です。「建設現場労働者」は対象ではありません)。

 そして、当時の医学的知見や技術水準をもとに、その不作為があった期間を昭和33年5月26日からとし、規制が制度化された昭和46年4月28日までと認定したのです。時あたかも高度経済成長期、アスベストなしでは、経済の発展もなかったことでしょう。
 具体的な賠償内容や賠償請求手続き(国に対して訴訟を起こす必要があります)は以下のサイトを参照の上、「該当するかも」と思ったら弁護士とご相談ください。
賠償内容や賠償請求手続きについて

 アメリカ合衆国海軍空母「ミッドウェイ」の改修作業が日本人に押し付けられた話から始めた中皮腫に関する8回の連載でしたが、最後は同「キティホーク」の話題で終わりにします。
 「2009年に退役した米空母のキティホークが昨年、スクラップ会社に1セント(約1円)で売却された。(中略)アスベストが積極的に利用されていた時代に建造されたものであり、船体にはほかにも毒性の強い化学物質が用いられている。(中略)(2022年)1月19日になってテキサス州の民間の解体工場へ向け、最後の航海に出航した。」
ニュース記事詳細

 改修と異なり解体は密閉空間での細かな作業は不要で、アスベスト飛散はあっても吸入は制御できるのでしょう。いずれにせよ作業員の安全は確保して欲しいものです。

複十字病院 呼吸器内科
内山 隆司

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