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健康診断で意外とみつかる甲状腺疾患のはなし

これまで長年、都心の病院の糖尿病・内分泌代謝内科で臨床医として勤務していましたが、ご縁があって、2021年4月より「複十字病院」の健康管理センターで働かせていただいています。これまで、病気の患者さんのご紹介を受けることが多い立場でしたが、現在は基本的に健康な人を対象として仕事をしています。しかし、住民健診、企業健診、人間ドックなどの診察で、多数の方々において甲状腺が大きくなっていたり、しこり(結節)を触れたりすることに驚きました。そのため、この場を借りて甲状腺の病気について啓蒙の意味も込めて記載してみようと思いました。やや専門的なところもありますが、ご参考になれば幸いです。

複十字病院健康管理センター 川村光信

はじめに
1.甲状腺の働き
2.健康診断で遭遇しやすい主な甲状腺疾患
3.甲状腺の検査
4.甲状腺の病気の治療法
5.どんなしこり(結節)なら、治療をせず経過観察でよいのか

はじめに

甲状腺の疾患はかなり頻度が高く、例えば橋本病は日本人では、成人女性の10人に1人、成人男性の40人に1人にみられます。ただ、甲状腺疾患は無症状だったり、また比較的症状が軽かったりすることもあり、“よくある症状”として見逃されることも多々あります。しかし、健康診断でも気を付けて診察することで、「初めて甲状腺が腫れていると言われました」とおっしゃる方はかなりおります。
甲状腺は頸部の皮膚直下で、気管や甲状軟骨(のどぼとけ)の前側にあるので(図1)、少し腫れただけでも注意深く診察すれば異常を見つけやすい臓器といえます。
甲状腺は全体が腫れる場合と、一部分だけが腫れる場合があります。甲状腺全体が腫れる場合は、甲状腺機能が必要以上に活性化するバセドウ病や、慢性的炎症により、結果的に機能低下に陥る橋本病などの可能性があります。一部分だけが腫れる場合は、甲状腺がんなども考えられるので注意が必要です。
健康診断で甲状腺の異常を指摘された患者さんをさらに検査したところ、半数以上は良性の疾患であったものの、明らかな自覚症状が無いにも関わらず甲状腺がんやバセドウ病など、専門的な治療が必要な方が1割くらい存在したとの報告もあります。
これらの疾患は採血や甲状腺超音波(エコー)検査でかなりの程度診断が可能なので、異常を指摘された場合は一度こうした検査を受けることをお勧めします。

図1 甲状腺の位置

1.甲状腺の働き

甲状腺はからだの新陳代謝を促進する、すなわちエネルギー消費を活発にする、甲状腺ホルモンを分泌する臓器です。
甲状腺ホルモンは、脳の中にある、下垂体という臓器から分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)によって、産生量が調節されています。
すなわち、血液中の甲状腺ホルモンの濃度が低下すると、TSHの分泌が促され、その刺激によって甲状腺ホルモンの産生量が増加します。反対に、甲状腺ホルモンの濃度が高くなり過ぎると、TSHの分泌が抑制されて、最終的に甲状腺ホルモンの産生量も低下します。
 こうした下垂体と甲状腺の相互作用によってTSHと甲状腺ホルモンは互いに一定の濃度範囲に収まるように制御されています。このバランスが崩れると、甲状腺ホルモンが過剰になったり、不足したりして機能異常症をきたします。

2.健康診断で遭遇しやすい主な甲状腺疾患

甲状腺疾患に関わらずどんな病気でも、明らかな症状がある場合は健康診断や人間ドックなどを待つことなく、医療機関を受診することが重要です。よって、ここでは気づかれずに見過ごされるなど、なんとなく調子が悪いのにそのままにしかねない甲状腺疾患について記載します。

表1 甲状腺機能異常をきたす代表的疾患

機能異常の状態 甲状腺ホルモンが過剰
(甲状腺中毒症・甲状腺機能亢進症)
甲状腺ホルモンが不足
(甲状腺機能低下症)
主な疾患 バセドウ病 橋本病
主な症状 ・脈が速くなり、動悸がする
・暑がりになって、汗が多く出る
・眼球が突出する
・下痢が続く
・食欲が旺盛になる(食べる割には体重が減る)
・手指が震える
・疲れやすい
・イライラしやすい
・月経不順
・脈が遅くなる
・寒がりになり、肌が乾燥する
・便秘がひどくなる
・顔や体がむくみ、体重が増える
・毛髪が抜けやすい
・疲れやすく、眠気が強くなる
・記憶力が低下する
・月経不順

びまん性甲状腺腫(全体が腫れる場合)

 甲状腺全体が腫れる場合をびまん性甲状腺腫といい、以下のような疾患があります。

1)バセドウ病

甲状腺ホルモンが体内に増えすぎて表1のような特有の症状がでたものを甲状腺中毒症といい、特に過剰産生により血中濃度が増加して起こる場合を甲状腺機能亢進症といいます。甲状腺機能亢進症の代表的なものとして、自己免疫疾患(自分の体の特定の臓器を自分のもので無いと誤認識してしまい、それに対する攻撃物質(自己抗体)を作ってしまうために発症する疾患)のバセドウ病があります。
甲状腺を刺激する型の自己抗体ができることで、甲状腺全体が大きく腫れ、ホルモンの産生・分泌量が増加します。
原因は明らかではありませんが、何らかのウイルス感染や強いストレス、妊娠・出産などが契機になって発症すると考えられています。
甲状腺ホルモンは新陳代謝を促進するホルモンなので、働きが過剰になるとエネルギー消費が高まり、安静にしていてもジョギングをしているような状態となるため、脈が速くなって動悸がしたり、暑がりになって発汗量が増えたりします。また、沢山食べても体重が減ってしまいます。

2)橋本病

甲状腺ホルモンが十分に分泌されず、その働きが低下した状態を甲状腺機能低下症といいます。甲状腺機能低下症の原因として最も多いのが、橋本病です。
橋本病もバセドウ病と同じく自己免疫疾患の1つで、免疫異常によって甲状腺に慢性的な炎症が持続し、甲状腺全体が大きく、硬く腫れます。(別名:慢性甲状腺炎、自己免疫性甲状腺炎)
非常に頻度の高い疾患で、日本人では、成人女性の10人に1人、成人男性の40人に1人にみられます。
しかし、橋本病のすべての患者さんで甲状腺ホルモンが少なくなるわけではなく、甲状腺機能低下症になるのは4~5人に1人未満と考えられています。
また、低下症になるにはかなりの年月を要し、長期経過の間にしこり(結節)ができるなど、燃え尽きて甲状腺が小さくなってしまうこともあります。
甲状腺ホルモンの働きが低下するため、新陳代謝が悪くなり、寒がりになったり、便秘がひどくなったり、顔やからだがむくんだりします。さらに、肌が乾燥したり、髪の毛が抜けやすくなったり、体重増加をきたすこともあります。(表1)

3)単純性甲状腺腫

甲状腺が全体的に腫れているだけの状態で、甲状腺は柔らかく触知します。腫瘍や炎症もなく、甲状腺機能に異常はありません。
思春期(成長期)に多くみられますが、将来甲状腺機能に異常が生じる可能性もあり、定期的に検査をして、経過観察する必要があります。

結節性甲状腺腫(一部分だけが腫れる場合)

甲状腺の一部分だけが腫れる場合(しこり[結節])を結節性甲状腺腫といい、良性と悪性の疾患があります。悪性のもの、すなわち甲状腺がんは甲状腺結節の5%と言われていますので、残り95%は良性ということになります。
油断は禁物ですが、甲状腺にしこりが見つかったからといって、すぐに心配して「がんでは?」と慌てずに圧倒的に良性が多いことを思いおこして、冷静に対処することが大切です。

1)濾胞(ろほう)腺腫

甲状腺にできる良性の腫瘍で、甲状腺のある細胞が自己増殖して腫瘤状になったものです。甲状腺の片側(右葉・左葉といいます)に、1つしこりができます。甲状腺機能に異常はみられません。

2)腺腫様甲状腺腫・腺腫様結節

腺腫様甲状腺腫は甲状腺内に2つ以上のしこりができるものです。性質が同じで、しこりが1つの場合を腺腫様結節といいます。
腺腫様甲状腺腫は細胞が他からの刺激で増える過形成の状態で、組織や細胞が自己増殖する腫瘍とは異なります。甲状腺機能に異常はみられません。

3)甲状腺のう胞

しこりを包む袋の中に液体がたまり、水を入れたゴムまり状になっています。
触ることができる場合は、ピンポン玉のような感触がします。

4)甲状腺がん

甲状腺がんは甲状腺にできる悪性腫瘍です。甲状腺がんは組織型により、乳頭癌(90%以上)、濾胞癌(5-8%)、髄様癌(1-3%)、その他、に分けられます。
悪性腫瘍はその特性として、甲状腺の周りの臓器を壊しながら広がったり(浸潤)、頚のリンパ節に拡がったり(リンパ節転移)、または一部が血流に乗って離れた臓器に移動したり(遠隔転移)し、そこで自己増殖する性質があります。これらの厄介な悪性の性質のために、病気が進むと様々な症状が出ます。稀には生命に関わることにもなります。
ただし、国立がんセンターの報告では、2018年に甲状腺がんに罹った人は18,636人(男性4,790人、女性13,846人)と推計されていて、女性に多く、ピークは50~70歳台でした。死亡数は年間1,862人(男性619人、女性1,243人)と肺がんの1/40以下で、5年生存率は男性91.6%、女性95.8%とがんのなかでは予後はかなり良好でした。
甲状腺がんに罹っても多くの方は亡くならず、おおむね元気に過ごせることが分かります。

3.甲状腺の検査

甲状腺機能異常が疑われる場合は、血液検査で甲状腺ホルモンとTSHを測定します。異常が見られた場合は、さらに自己抗体の有無を調べます。(通常、バセドウ病や橋本病ではそれぞれ特有の抗体が検出されます)
さらに、超音波検査で、甲状腺の腫れの状態や内部の血流などを見ます。
結節性甲状腺腫の場合は、結節にがんなどの特徴的な所見がないかを検討します。これらはいずれもからだへの負担は少なく、時間もさほどかかりません。
 超音波検査で甲状腺がんが疑われる場合は、結節に対して穿刺吸引細胞診(細い注射針を刺して細胞を吸引し、その形態を顕微鏡で診断する検査)をおこないます。
また、必要に応じて、人体にほとんど影響しない様々の放射性物質を使ったシンチ検査や、CT、MRI(磁石を使う検査)などをおこない、腫瘍内部の性状や周囲への浸潤、転移の状態を調べることもあります。最近は、PET検査で肺や骨への転移を調べることもできます。

4.甲状腺の病気の治療法

  • バセドウ病に対しては、薬物療法、放射性ヨード内服療法や外科療法があります。日本ではほとんどの方は薬物療法から開始(米国では外科療法が多い)しますが、薬物療法で副作用がでるなど、効果が不十分の場合に後2者から治療選択をすることになります。
  • 橋本病では不足分の甲状腺ホルモンを補充します。通常、欠乏症状が出現した方は生涯ホルモンの補充が必要になります。
  • 甲状腺がんは、がんの性質やひろがり方(浸潤・転移の具合)により治療法が変わります。外科療法、放射性ヨード療法、化学療法や分子標的薬(がん細胞の特定の分子だけを狙い撃ちにするため、正常な細胞へのダメージが少なく、従来の抗がん剤と比べると体への負担も少ない、と言われています)などを組み合わせた治療がおこなわれます。

5. どんなしこり(結節)なら、治療をせず経過観察でよいのか

甲状腺の良性腫瘍で、「はっきり良性と確認されている、周囲を圧迫するほど大きくない、外から見ても目立たない」など、大きな問題の無い場合は、特段の治療を必要としません。このような腫瘍は、他の部分へ悪影響をおよぼすことがないので、日常生活にも支障はきたしません。
ただし、当初は良性の可能性が高いと思われていた腫瘍が、経過とともに悪性であることが分かってくる場合があるので、良性と診断されても経過観察は必要です。特に、経過中に大きくなってくる場合は要注意です。
少なくとも半年~1年に1度は受診し、診療を受けるようにしましょう。

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